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20世紀のウズベキスタン民族靴
項目: 手芸
日付: 11 12月 2015

20世紀で靴はウストと言う職人によって作られていた。靴に使う主な材料は去勢雄牛、ヤギ、羊などの革だった。革を加工し、色をつけた後、民族模様や絵で飾られた。 男性用の靴 男性の間でもっとも人気だった靴はカヴッシュと言い、ヒールが高く先が曲がった靴でした 冬には分厚いが柔らかい革から作られた長靴(ブーツ)のチョリックを履いていた。面白いことに一番人気な靴の色は黄色か茶色だった。普段市民はイチギという柔らかい靴底でハイヒール無しのブーツを履き、地元の人々はマフシと呼び、カヴッシュと一緒に履く。伝統により男性は家に入る時カヴッシュを脱ぎ、マフシで家の中を歩くことになっている。 女性用の靴 女性は皆、小型のカヴッシュを履き、茶色か黄色の革から作られた。だが、スエード革の緑色の靴が一番評価が高かった。お金持ちの人はクロメ革の“ノガイ”を履き、ヒールは高く、先が細い靴だった。 靴の後部とヒールが低く、つま先が細いザイフォーナ・カヴッシュはタシケントでもっとも有名だった。女性は裸足で外出することは禁じられ、女の子や若い女性はハイヒールのブーツ、黒のカヴッシュなどを履き、長靴の胴部は明るくきれいな刺繍がされていた。...

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東のシンボル ミナレット
項目: 建築
日付: 04 11月 2015

ミナレットは建築物の中でも一番謎めいた建物であり、イスラムの町々を飾り、多くの都市のシンボルともなった。‘minaret’またはアラビア語で‘minara’は”何かが点灯する場所”、”光輝く場所”と訳され、人の心の光、精神的な光と魂を意味する。 ミナレットの歴史 最初のミナレットの建築はシリアだと研究者達の意見が一致し、四角いミナレットから誕生し始め、次期に円形に変わった。 イスラム教が中央アジアに広まる前にも塔が建てられていたが、ミナレットとは少し異なる建物で、要塞壁の一部であった。また、灯台としても使われるブリジ塔なども建てられていた。イスラム教が中央アジアでおもな宗教となり、全地域でミナレットが建て始められた。ミナレットが一番多く建てられたのは14-15世紀で、それまで儀式のために建てられていたミナレットは国のシンボル、または個人の権威を表す物となり、特に必要機能は無く、建造物の不可欠なコンポネントとして建てられている。 ミナレットの機能 ミナレットはほとんど全てのメドレセと一緒に建てられ、授業の始まり、昼の休憩時間、ニュースなどの情報を伝えるために使われていた。また防衛機能を果たすためのミナレットもよく建てられ、例としてブハラのカリャン・ミナレットが上げられる。 ミナレ...

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東ターバン
日付: 02 10月 2015

東の国々での男性用の主な被り物は古代からターバンでした。古代では年齢、身分関係なく皆ターバンを巻いていました。 最初、ターバンは強い日差しと風からの防御用に使われていたが、後イスラム教のシンボルへと変わった。時が過ぎるに限りターバンの意味が少し変わり、政府に関連する印となり、即位の時着用するようになった。   ターバンは主な被り物  イスラム教ではターバンは必須の被り物で、昔はメドレセや霊廟の訪問、祈りなどはターバンなしで行ってはいけなかった。 シェイクと面会の時はターバンをぬぐという行為は聖職者への敬意と尊敬を表す。男の子は子供用の帽子をかぶるが、大人になるにつれターバンへと変えるのが名誉で、ターバンを脱がれるのは最大の恥でもあった。 また、ターバンの色、大きさ、巻き方によって人の社会的地位、利益などを知ることが出来ました。 このように、 廷臣、エミール、サルタンやハンは中型のターバンをつけていました。主な布地としてシルク、インドのモスリンや他の高い布が使われていました。 ターバンの巻き方の技術 ターバンを巻くのには特別な知識と何年にもわたる経験が必要でした。なので、ターバンを巻く職業があり、ダストゥルバンディといわれるその仕事は、貴族の人達に正しく、そして美しく巻く手伝いをしていました。飾りとしてあらゆる宝石、鳥の羽などが使われ、これらは権力の象徴とお守りの役目も果...

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ティムリード時代の楽器
日付: 25 9月 2015

アミル・ティムールとティムリードの治世中、伝統的な音楽と楽器の活発な発展が見られた。楽器は主に音楽愛好家を引き付ける審美的な役割を果たしていたため、各宮殿の門の前には舞台が作られ、ショーを見に来た観客でいつも賑やかだった。 軍事行動、軍事ランクの割り当て、狩、宗教活動の時などに楽器は掛け替えのないものだった。 アミル・ティムールはとくにミュージシャンに厳しく、自分でミュジシャン、演技の指導者がどの程度プロであるかを確かめた。また、さまざまな地方や外国からサマルカンドに有名で実力のあるミュージシャンが招待された。 この様に、この時代の音楽は多数民族のスタイルや経験が重なり、ティムールが行っていた厳しいコントロールのおかげで、全ての儀式や祝いが最高レベルで行われた。 ティムール時代の有名な楽器は多種多様の管楽器と打楽器で、ほとんど全てが形を変えず現在も多くの祝いで使われている。...

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ハン・アトラスの伝説
日付: 25 9月 2015

ハン・アトラスはシルクで作られたウズベク伝統の織物で、様々な天然色で染められている。ハン・アトラスには多くの伝説があり、より広く知られている話は以下のもの。 昔々、マルゲランの町に、とても貧しい織物職人がとても美しい娘と住んでいた。その娘の美しさに恋をしたマルゲラン・ハン(王)は、彼女をハレムに娶ることにする。職人はハンの意図に困惑し、結婚についての気持ちを変えようと城を訪問する。ハンは職人の頼みを聞いた後「その娘の美しさを忘れさせるものを作れたら、娘をあきらめよう」と約束をする。 とても落ち込んだ職人は城を出て、用水路のそばで一休みしようと、座り込んだ。その時、彼は水面に移る虹色の空と色鮮やかな雲をみた。素晴らしいアイデアをいただいたことを神に感謝し、家へと帰る。そして、雲のように軽く、山風のように涼しく、虹色に輝き、美しさで目を喜ばせる、とても鮮やかで薄い布を作り上げた。 翌朝、職人はまた城へ行き、織り上げた布をハンにみせた。ハンはその美しい織物にとても驚き、心を打たれた。それ以来、この布は“王の絹”という意味の“ハン・アトラス”と呼ばれるようになった。職人の娘は後、ハンの息子と結ばれた。 この様に、ハン・アトラスはマルゲランだけではなく、ウズベキスタンのシンボルとなった。アトラスの模様はウズベク人の素性、性質、意志、そして伝統的...

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プロフについての伝説
日付: 25 9月 2015

ウズベキスタンのプロフはオリエンタル料理好みには最高といえる料理で、100以上のレシピがあり、地域によって作り方は変わる。ウズベキスタンでは、どのお祝いもプロフなしでは賑わわない。結婚式をはじめ、誕生日祝い、あらゆる祭り、埋葬式までにもプラフを作る。こんないつでも大活躍のプロフには、とても美しい伝説がある。 昔、ひとりの王子が貧しい職人の娘に恋をし、彼女とは結婚ができないため、食欲を失い衰弱してしまった。その姿を見た王は、偉大な治療師のアブ・アリ・イブン・シーナ(アヴィセンナ)を呼び、王子の病気を治すように言う。イブン・シーナは王子の病の原因をすぐにみつけ、ふたつの治療法をいった。一つは恋しい娘と結婚をさせること、そしてその前に衰弱した王子の体を“プロフ・オシュ”で回復させること。 きっとプラフが結婚式でだされるのはこの伝説が理由かもしれない。  ...

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ウズベキスタンの乳製品
日付: 18 8月 2015

ウズベキスタンで、牛乳はほかの国では知られていない様々な食製品の元であり、各製品の生産技術は古代から伝わり、夏の40-50度の暑さで乳製品を保管するという民俗知恵と歴史的な論理が表現されている。種類はカティック、カイマック、スズマ、クルトゥ、そしてゴジャ、チャロップ、アイランなどの飲み物類もある。 カイマック カイマックは日本の生クリームに似て、冷めた牛乳の乳脂肪で作られる。ウズベキスタンの牛乳は脂肪率が高いため(5,2%まで)、カイマックはバター替わりとしてもサンドイッチなどに使われている。また、様々な料理にかけて食べたりする。 カティック カティックはいわゆる日本のヨーグルト。唯一の違いは、ウズベキスタンのは日本のと比べ少しスッパイところ。カティックはあらゆる料理に使われ、ゴジャ、チャロップ、アイランなどの飲み物類にも使われる。 スズマ スズマは濃いサワー・ミルク類品で、様々なサラダ、漬物、スープ、飲み物などが作られる。カティックから作られるスズマには脂肪分解酵素が多く含まれているので、よく炒め物やカロリーの高い料理と一緒に出される。 クルトゥ ウズベキスタンは世界中にクルトゥで有名で、スズマから作られるお菓子。昔は丸型だったが、今では形が様々で、塩や唐辛子などを好みにより加えられる。クルトゥは暑い日にも腐らないから、一年に6ヶ月暑いウズベキスタンにはちょうどいいお菓子でも...

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